主張すべきことは主張する、いつでも毅然とそして礼節を忘れない国へ

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ご挨拶
■礼の宇宙について
タイトルは宮城谷昌光さんの小説「子産」の中から頂きました。
礼とは、宇宙の原理、原則だと考えて頂いてよろしいかと思います。
しかし礼の深淵の地にたどり着くのは非常に難しいものですね
■このブログで語られること
ここはそもそも黒羊の毒を吐き出す場所として、生まれました。 とりあえず、毒がいろんな方向に飛んでいきます。反日との戦いは継続中ですが、反日とは何かをまずおいおい研究していかなければなりません。少なくとも、日本の"サヨク"は、日本のためなんて考えていないと思います。 憲法9条は欺瞞だと思っており、実装に合わせて仕様を変更すべきだと思っています。 でも政治的や社会的な問題より、まず現実生活の問題点が多いですね。ということでよろしくお願いします。
■黒羊のお勧め




↑置いてみました。ぽちっとやってみて下さい。
オヤシロさまドットコム─テレビアニメ「ひぐらしのなく頃に解」公式サイト

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仰々しく、の宇宙などというタイトルをつけているので、たまには小難しいことも書いておこうと思います。
の宇宙は以前のエントリで、宮城谷昌光氏の小説「子産」からとったと書きました。
おそらく多くの人は子産って誰だ?何だ?って思ったかもしれません。
簡単な年表を以下に置きます。

?~前522(定公8)中国春秋時代の鄭国の政治家。氏は国。諱は僑。子産は字。鄭の穆公の孫で,公子発(子国)の子。鄭では襄公のころより穆公に出自する七氏(七穆)が六卿の要職を独占した。子産は七穆の一つ,国氏の2代目という名門である。前563年(簡公3),西宮の難で父が暗殺され,前554年(簡公12)になって正卿の子孔が殺害されたのち卿に就任。前543年(簡公23),伯有の内乱ののち正卿に就任し,以後22年間にわたって鄭の国政を指導した。鄭は従来,晋・楚という南北両大国にはさまれ戦禍に苦しんだが,前546年(簡公20)に,晋楚弭兵が成立の子産は以後の相対的安定期に晋・楚との修好につとめた。国内的には領域内の郡鄙の支配秩序の再編,耕地の整理(〈田に封洫有らしむ〉),軍役の改革(〈丘賦を作る〉)など国勢回復につとめ,前536年(簡公30),中国初の成文法公開(〈刑書を鋳る〉)を行う。〈天道は遠し,人道は邇(ちか)し〉と政治と祭祀との一定の弁別を主張した点は孔子の宗教観の先駆として注目に値する。


紀元前のお話です。春秋時代に当たります。超大国に挟まれていたという点が、日本の置かれている状況になんとなく似ています。
超大国に挟まれ、戦禍だけでなく、時代はの時代です。この当時、今の歴史の分類では、春秋五覇の時代の後になります。
春秋五覇で有名なのは斉の桓公、晋の文公です。後は、歴史家の中でも意見が別れるところなので今回は割愛します。
覇とは、簡単に言うと尊王であり、武力を以って諸侯を治めるものであり、以下の項目に当てはまるものは覇者と呼ばれます。
他国を圧倒するにたる強大な国力。
諸侯を召集して会盟(国際会議)の会頭をつとめ、天下の事を取り決める。
小国を守り、滅ぼされた国の復興などをする。
夷狄を討ち、中原諸国の安寧に貢献する。
・・・・どこぞの国と同じですね・・・・。
子産の鄭という国は、正に覇を競う晋及び楚に挟まれた、苦しい国でした。小国は覇の国に貢物を出す、その代わりに守ってもらうのです。
子産が登場するまで、鄭は、時に晋につき、また楚につきとふらふらした、安定しない国情でした。当然国民は苦しんでおりました。
前546年(簡公20)に,晋楚弭兵が成立後、鄭は両国に貢物をしなければならなくなり、民の負担が一気に上がった、子産はそんな時代の人です。当時子産は、中華で最高の知識人であり、とても優秀であり、またとても民の事を考えた人でした。
孔子が最も尊敬した政治家でもあります。
子産は、民の事を考え、大規模な構造改革に着手します。そのために伝統を打破します。
当時、法はありました。しかし成文化されておらず、貴族の頭の中にのみあり、運用も彼らの都合で行われていました。
それを改め、成文法を公開しました。
当然内外の貴族、知識人から非難されます。
当時晋の英才羊舌大夫も子産に質問を投げかけました。要約します。
「法が万民に知らされれば、裏をかこうとしたりする者が現れ、モラルが低下するだろう。100年先には鄭は滅びるだろう。」と。
それに対し子産は、
「私は100年先の民より、今苦しんでいる民を救いたいのです。」さらに最後に「楽即能久」と答えました。私はこの最後の「楽即能久」と言う言葉が好きです。楽しまばすなわち久しからん。何事も楽しくやれば長続きする。ただし楽しむと言うのは、いろいろな意味があります。
今の意味で捉えていただいても十分通じます。
子産の政治により、鄭は富み、栄えることができました。
それが子産という人の概略です。
細かく語るととてもブログでは書ききれません、データベースが必要になってしまうので皆さんの好奇心の入り口になればと思います。

最後にそんな鄭ですが、子産の死後、約150年後に韓という国に滅ぼされてしまいます。羊舌大夫の予言が当たったわけです。
もっとも鄭が滅びるよりずっと前に、晋は、韓、魏、趙に分裂し滅びていますが・・・・・。
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