主張すべきことは主張する、いつでも毅然とそして礼節を忘れない国へ

2005/08123456789101112131415161718192021222324252627282930312005/10

ご挨拶
■礼の宇宙について
タイトルは宮城谷昌光さんの小説「子産」の中から頂きました。
礼とは、宇宙の原理、原則だと考えて頂いてよろしいかと思います。
しかし礼の深淵の地にたどり着くのは非常に難しいものですね
■このブログで語られること
ここはそもそも黒羊の毒を吐き出す場所として、生まれました。 とりあえず、毒がいろんな方向に飛んでいきます。反日との戦いは継続中ですが、反日とは何かをまずおいおい研究していかなければなりません。少なくとも、日本の"サヨク"は、日本のためなんて考えていないと思います。 憲法9条は欺瞞だと思っており、実装に合わせて仕様を変更すべきだと思っています。 でも政治的や社会的な問題より、まず現実生活の問題点が多いですね。ということでよろしくお願いします。
■黒羊のお勧め




↑置いてみました。ぽちっとやってみて下さい。
オヤシロさまドットコム─テレビアニメ「ひぐらしのなく頃に解」公式サイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

15日靖国参拝せず=政局の混乱回避、中国にも配慮-安倍首相
8月9日19時2分配信 時事通信
 安倍晋三首相は9日、終戦記念日の15日に靖国神社を参拝しない方針を固めた。参院選での自民党惨敗で政権の求心力が著しく低下する中、仮に参拝すれば連立を組む公明党が反発するのは必至で、政局の混乱を招きかねないと判断した。首相の年内訪問合意など、安倍政権下で改善しつつある中国との関係も考慮したとみられる。
 首相は、小泉前政権で靖国参拝が外交問題となったことを踏まえ、参拝の有無について明らかにしない方針を繰り返し表明。9日夜も、終戦記念日に参拝するかどうかをただした記者団に対し「行く、行かないについて明言する考えはない」と語った。 
最終更新:8月9日21時1分


靖国参拝>首相、15日は見送りへ 小池防衛相も参拝せず
8月7日21時54分配信 毎日新聞
 安倍晋三首相は7日、終戦記念日の15日に靖国神社に参拝するかどうかに関し、首相官邸で記者団に「靖国神社に参拝する、しないについては申し上げないことにしている」と語り、参拝について明言を避ける首相就任以来の姿勢を重ねて示した。ただ、参院選での惨敗を受け、公明党をはじめ参拝に批判的な与党内の声に一層配慮せざるを得ず、15日の参拝は見送る公算が大きい。
 首相周辺は「首相は15日には靖国神社に参拝しないだろう。公明党との関係もある」と語り、公明党への刺激を避けるためにも15日参拝は見送るとの見方を示した。
 また、小池百合子防衛相は7日の記者会見で、15日の靖国神社参拝について「スケジュール的に可能性はない」と述べ、参拝しない考えを表明。小池防衛相は小泉内閣で環境相を務めた04、05の両年、終戦記念日に靖国神社に参拝していた。【田所柳子、近藤大介】

首相は明言しないと言っているのに記事読んでも、行く、行かないとは明言しないが結論になっているのに、記事の見出しは、何でか参拝せずになっている。小池さんは行かないと言っていると書いてあるのであれですが。
しかし、首相も防衛大臣も若干ヘタレなようなので、不肖私が、15日に靖国に参拝しに行って来る事にします。
こう最近つくづく感じるのは、新聞とかインターネットにしても見出し付きのニュースの見出しは東京スポーツ並みにひどいを書きますね。
まあ東京スポーツはそういうネタを売り物にしていますから、高校時代はそれが楽しくてたまに買ってましたが・・・。
スポンサーサイト
学士様コメント
久々に見たら、学士様が・・・・大ついてます。(いつもか)
まあ孔子論語の伍子胥伝くらいは許しましょう。
正確には史記の伍子胥列伝ですが。
まあkomichiさんが信じるわけはないと思います。
原文読めとか言って、学士様が読んだことがないのではないかな?
なので原文を交えて解説。

伍子胥求昭王。既不得、乃掘楚平王墓、出其尸、鞭之三百

伍子胥と楚に何があったかと言うと、父と兄が無実の罪で平王に殺されたんですね。(端折りすぎかな?)で、その平王は死んでしまい、息子の昭王を探すんですが、見つからず、平王の墓を暴き、300回その遺体を鞭打ったと。
それに対して

申包胥亡於山中、使人謂子胥曰:「子之報讎,其以甚乎!吾聞之、人衆者勝天、天定亦能破人。 今子故平王之臣、親北面而事之、今至於僇死人、此豈其無天道之極乎!」

申包胥って言う人が(伍子胥の楚時代の友人)山中に逃れていたんですが、鞭打った話を聞いて伍子胥に人を遣して「あなたの復讐は、やりすぎだ。あなたはかつて平王の臣下だったはずで、北面して仕えていたはずだ。今死人を辱めた、之は、無道の極みだろう!!」と猛烈に非難したわけです。

伍子胥曰:「為我謝申包胥曰、吾日莫途遠、吾故倒行而逆施之。」

伍子胥は、「申包胥に言い訳すると、吾、日暮れて途遠し、故に倒行して之に逆施する」と有名な言葉を残すことになったわけです。
「日暮れて途遠し」は聞いたこともある言葉だと思います。
倒行逆施と言う言葉は、文化大革命でも出てきたと思います。

死人に鞭打つ行為は、無道の極みであるということがよく分かると思います。(今の中国では忘れられているようですが・・・。)
学士様曰く、
「中国では歴史上「敵」や「罪人」と確定されれば,相手の墓所を掘り出し,死体にまで鞭を打って肉片・骨片にまでばらばらにしたのが当たり前であった.」
ですね。
敵や罪人というよりは、仇敵に対しては「土に還らせない」と言うことをしました。
土に還る=復活と考えられているので。
ではどうするかと言うと、塩漬けや膾にして先祖に捧げた後食べたわけです。決して墓を暴いて掘り出したわけではありません。
同様に首を刎ねるということも復活を阻止すると言う意味合いもあると思われます。
さらに「伍子胥が卑しい役人に身をやつして」と学士様は仰るのですが、彼が亡命した呉では破格の待遇を受けており、呉王闔閭を補佐する立場で、楚に乗り込んでます。
死者を鞭打つ行為は、当時(今の日本でも)大きく礼を外すことですから、孔子が容認したはずがありません。

と言うことで学士様のコメントが大であることが証明されたわけです。

ちなみに、学士様の孔子論が面白いです。
孔子はバリバリの尊王論者です。なので、例えば、覇者に対し否定的ですし、管仲については不遜だと述べています。
即ち物事には順序、配列などがあってそれを守れと言っている訳です。
「忠」と言うのは仕事の上下関係以外では存在しません。
「孝」は親子関係でしか存在しません。
孔子が重んじたのは「信」つまり平等な市民と市民との間の相互依存の原則」と学士様は宣うわけですが、
孔子が最も重んじたのは、
「仁」即ち身近な人への愛。思いやりってことです。
「信」と言うのは、そんな意味不明の原則ではなく、「をつかない」っていうことです。さすが学士様に一番欠けているものだけあって、意味が分からないんですね。
江戸時代の儒学ですが、朱子学とか陽明学なのでそちらを当たった方がいいと思いますよ。だって論語の解釈ですからね。

学士様は、やはり、まず自ら読まれたほうがよいのではないでしょうか?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。