主張すべきことは主張する、いつでも毅然とそして礼節を忘れない国へ

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ご挨拶
■礼の宇宙について
タイトルは宮城谷昌光さんの小説「子産」の中から頂きました。
礼とは、宇宙の原理、原則だと考えて頂いてよろしいかと思います。
しかし礼の深淵の地にたどり着くのは非常に難しいものですね
■このブログで語られること
ここはそもそも黒羊の毒を吐き出す場所として、生まれました。 とりあえず、毒がいろんな方向に飛んでいきます。反日との戦いは継続中ですが、反日とは何かをまずおいおい研究していかなければなりません。少なくとも、日本の"サヨク"は、日本のためなんて考えていないと思います。 憲法9条は欺瞞だと思っており、実装に合わせて仕様を変更すべきだと思っています。 でも政治的や社会的な問題より、まず現実生活の問題点が多いですね。ということでよろしくお願いします。
■黒羊のお勧め




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<エホバの証人>手術中に大量出血、輸血受けず死亡 大阪
6月19日19時57分配信 毎日新聞

 信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。
 同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。
 同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。
 病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない。
 エホバの証人の患者の輸血については、東京大医科学研究所付属病院で92年、他に救手段がない場合には輸血するとの方針を女性信者に説明せずに手術が行われ、無断で輸血した病院と医師に損害賠償の支払いをじる最高裁判決が00年に出ている。最高裁は「説明を怠り、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪った」としていた。【根本毅】

エホバの証人・・・・・。聖書に書いてあるからって理由でしたよね。私の身近にも、エホバの証人がいます。複雑ですね。生きる手段があるなら、それを選ぶべきだと思う。先祖への恩返しのためにも、生き続けるのが私の責務だというある種の宗教観を持っている私としては、このようなことは受け入れられないです。
彼らはハルマゲドンを信じ、いつか楽園で永遠のをと言うことを信じて疑いません。しかし永遠のとは、実は、私が生き、私の子が生き、その子が生きと連綿と続いていく関係のことなんだと思います。
人は死ぬ、だから生きるんだと思います。
死は易し、生は難し。
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はい、先に負け犬komichi氏の「がんばるな日本共産党」を取り上げました。そこのコメントにr氏が妄想を書き連ねているので突っ込みます。
異常に長いので、部分的に引用し反論してみたいと思います。

前提として、私は、宗教政治を切り離すのは大いなる矛盾だと思っています。むしろ政治=宗教だと考えてもいいくらいだと思っています。
ここで靖国の問題が浮かび上がりますが、私は「首相の靖国参拝」は大反対です。
その理由ですが…
日本国憲法に「政教分離」があるからです。
ただそれだけです。
靖国神社は「神様」を祀っているわけです。
目に見えないもの、その存在を肯定することも否定することも出来ない神学論争的存在。
要するに宗教の一つだからです。
「r」は政教分離は徹底させるべきだと思っていますので、すべての国家公務員(特別職含む)は無宗教であるべきだと思っています。
但し、絶対に宗教的排他主義に陥ってはならない、といった前提があります。
神仏にはそれなりに敬意を払うことって意味ですね。
これは信仰とは違うと思っています。


さて、もう既に混同が起こっています。政教分離とは、そもそもアメリカで言うところの、キリスト教の一宗派を優遇せず、全ての宗派を平等に扱うということですね。つまり、靖国参拝と政教分離は、全く関係ないです。
首相が先祖の墓にお参りするのもだめだとでもいうのでしょうか?
それ以上に、小泉さんは、伊勢神宮に毎年閣僚とお参りするのですがこれにツッコミはありませんよね?靖国は、NOでも神仏に敬意を払うのはOKというのは論理破綻ですよね。神仏に敬意を払うことは宗教的行為に他なりません。
全ての国家公務員が無宗教と言う名の宗教を信仰していていいのか?あのねえ、誰が何を信仰しようとそれは自由なんです。それを他人に押し付けてはいけないと言うだけの話です。無宗教であれと他人に押し付けるのはファシズムの一つですよね。それこそ排他主義ですね。

宗教とは「小泉前総理が仰るように心の問題」なのです。
だから、「政治利用」は決してしてはならないのです。
だから、政教分離であるわけです。
小泉前総理も野党も、そしてマスゴミも靖国を政治利用してきたわけですね。
だからこそ政教分離の徹底が必要なわけですね。
補足ですが、宗教団体の政治活動も禁止すべきだと思っていますよ。
だってそうじゃないですか。
「心の問題」をそのレゾンデートルにしている組織が政治を行うと、軋轢を生むし井伊ことがないですからね。
宗教は共存共栄すべきだと思っていますので他宗を否定するような状況を作らないためにも宗教団体の政治活動は規制ではなく禁止すべきだと思っています。


ここらへんも先に引用した部分とかなり異なりますよね。
宗教団体の政治活動を禁止すべきだというのは、確かにその通りなんですが、宗教は共存共栄すべきだというのは、一神教にとっては容易ならざる言葉でありますね。共産主義って言うのも一種の一神教だと思うんですよ。おそらくr氏が一番嫌う排他主義だと思いますよ。

さて…
自民党を否定しました。
宗教政党も事実上否定しました。
で、何処の政党がいいのか?
私としては全野党が細部の矛盾を止揚して結束すべきだと思っています。
国民新党~共産党まで。
掲げる政策は「新自由主義の否定」
これだけです。
昔から自民党自体、左派から右派カルトまで混在していたのですから、それらの矛盾より
国民新党と共産党の違いは小さいでしょう。
特に地方自治に関してはそうでしょう。


はあ?前もそうでしたが、r氏の論理展開は無理があります。
>掲げる政策は「新自由主義の否定」
これは、全くだめなんじゃないですか?それだけ大所帯の野党連合の政策が何かの否定って淋しくないですか?
いや根本的に共産党と国民新党が連立して何やるのよって話もあるんですがね。何かの否定じゃ、今までの野党の歴史となんら変わりないじゃない。
細部の矛盾が小さいが、根本が違いすぎると思うですよ。

でも、全野党が止揚して結束したら困る連中がいるんですよね。
「アメリカ」とそれでメシ食ってる売国奴連中なんですよね。
だからマスゴミ使って野党を分断しようとするのですね。
その件に関する私の文章は喜八さんの「喜八ログ」にありますからお暇ならお読みください。
それから、仮に全野党が結束して自民党を政権から引き摺り下ろして政権を獲ったらどうするか?
野党連合政府が、売国を始めたらそれはそれで私は批判非難しますよ。
だってそうじゃないですか。
私は日本人であり日本国民なんですから。
何で他所様の国に売国しなきゃいけないんですか。
そして何でそれを容認できるのですか。


私にはr氏が日本人とはとても思えないです。
それも相変わらず売国先がアメリカアメリカって、アホですか?
私に言わせれば、今はアメリカの属国ですよ。売るとか売らないとかの前にね。
日本をまず普通の国にして、属国から独立するのが先ですよ。
なのに中国やロシアや朝鮮半島に、国を売りまくる連中がいるから、腹が立つんですよね。
普通の国になって、独立するために、9条改正して、核兵器またはそれ以上の武器を持つべきだと私は思いますよ。
r氏が、日本を共産主義に変えたい気持ちがさっぱりわかりませんが、まあそうしたいんだなと理解しますね。

ところで今後の注視すべき点を列挙します。
1:前原の今後の動向
>対米売国推進勢力の保険である前原一派がどのような行動を取るか牽制すべきです。
旧自民党の岸系列と現民主党の前原系列は同じニュアンスと考えるべきでしょう。
沖縄県知事選は米国と小泉安倍にとって負けるわけにはいかない選挙。
必ず何か仕掛けてきます。
そして来年の参院選。
小泉と前原は必ず何かを仕掛けてきます。
2:郵政造反組復党報道
>全国紙とその配下のテレビキー局は米国とその傀儡小泉安倍の味方です。
必ず何かを仕掛けてきます。
3:高校履修単位問題とイジメ報道。
>教育基本法改正に引っ掛けて報道しているのは間違いありません。
国鉄民営化の時に国労を弾劾し続けたのと同じように日教組と官公労をマスゴミは攻撃するでしょう。
私は日教組と官公労が好きではありませんが、少なくとも今の自民党よりは「遥かに国民に近い存在」です。(機種依存文字だけ改変しましたby黒羊)



1:岸信介に関して言えば、決して彼は、アメリカよりの人間ではないです。むしろアメリカに対し相当の憎しみを持っている人間でしょうね。それと反共産とはまた別の問題ですね。で前原についてですが、彼は民主党の中ではまともな方ですよ。馬鹿ですけどね。小沢や菅や鳩山に比べるとよっぽど、マシですね。
2:自民党が、造反組を復帰させることに私は別に興味ないのであれですが、それに対する審判は国民が下すだけの話ですね。
3:日教組が国民と近い存在だなんて全く思えないですが、その意見に対するツッコミはおしょうさんに任せます。

結局r氏の主張を見ると全く以って建設的なものが一つもないです。で新自由主義に関してですが、はっきり言って私も反対ですが、共産主義の悪平等に比べたら遥かにマシですね。
郵政民営化も反対だから、自民党に前回の衆院選挙は投票せず、白票にしましたよ。白票にした、原因の一つは、小泉さんが、15日の参拝を回避したこともありますし、何よりそれに代わる政党がないのですよ。
日本の悲劇は、自民党に反対する党はいるけど、自民党にとって代わることができるほど、しっかりした考え方を持つ、党がないことです。
まあ、本当に政治に不満があるのなら、やはり自ら撃って出るべきですね。私も、そのうち考えたいなあなんて思ってますよ。

ローマ法王「聖戦思想」批判を謝罪
 【ベルリン=黒沢潤】ローマ法王ベネディクト16世が神学講義でイスラム教の「ジハード(聖戦)思想」を批判し、イスラム諸国に反発が広がっている。バチカン(ローマ法王庁)は16日、イスラム教徒への攻撃と受け止めるイスラム諸国の反発を受け、「非常に申し訳ない」とする法王の謝罪声明を出したが、事態が沈静化するか不透明だ。
 法王は12日、ドイツ南部レーゲンスブルク大学で講義をした際、「(預言者)ムハンマドがもたらしたのは邪悪と残酷さだけだ」とする中世ビザンチン帝国皇帝の言葉を引用、「暴力は神の本質に反する」と語った。
 今年初め、欧州紙がムハンマドの風刺漫画を掲載したことでイスラム教徒による抗議が相次いだが、今回の発言を契機に、イスラム教界とキリスト教界の対立を懸念する声も出ている。(from iZa)


キリスト教とイスラム教の対立は根深い。ユダヤ教も含め、元はおなじなのに、やはり争い続ける。いや元が同じだけに争い続けるのか。
正直なところ私は、イラクだなんだとアメリカが中東に介入し、日本がそれに関わるのは反対である。背景に2000年に及ぶ、宗教対立の歴史があるからである。もっとも、湾岸戦争や、イラク戦争に日本が関わらないようにできたかというと、現状では不可能で、止むに止まれぬ選択であったとは思う。
日本人は他民族の神を、受け入れやすい。それは日本が多神教の国だから。神道はもちろん、仏教も多神教である。
逆に、この種の一神教の争いについて、理解が及ばない。
まあ人様の神を安易に批判したり、その経典を安易に非難したりしてはいけないと思う。それは伝統や文化においても同様。
靖国神社について政教分離に反するとか言われているのだが、実際どうなのだろうか?
そもそも政治宗教を厳密に切り離すことは可能だろうか?

言葉から考えると政治はつまり政であり、政はまつりごとと読み、古代の中国では祭祀を司ることであった。
つまり極めて宗教である。これはおそらくどこの世界でも同じであろう。
例えば、アメリカの政教分離はあくまで、キリスト教の数ある宗派の中の特定の宗派を優遇しないということである。
では日本はどうなのか?
日本では古来自然崇拝の形があった。
その中で太陽信仰というのがある。その発展した形が天照大神であり、神道である。またそれとは別に仏教の思想というのも日本には根付いた。神道も、仏教も多神教であり、決して排他主義ではないため、どちらも受け入れることができる。

その歴史が続いた今でも日本人は、元旦に初詣に行く。神社にもお寺にも。これはもう伝統と習慣である。
日本の神社の中には歴史的な人物が神として祭られることが多々ある。
菅原道真公は、天神様として、天満宮に祭られる。
将門神社や、松蔭神社などもある。
これらをお参りするのは、伝統である。

神道や仏教と言うのは、日本人にとって、伝統と文化に根付いたものであるので、靖国神社に参拝するのも当然同じ部類に入る。

例えば、会社のビルの屋上にお稲荷さんがまつられていたりする。お稲荷さんが商売繁盛の神様であるからである。
日本人はゲンを担ぐ。これも伝統と文化である。日本の首相が、ゲン担ぎで髪を切らないことにしています、と言ったところで、誰も政教分離に反するとは言わないでしょう。

宗教政治だけでなく、全ての事柄で考えると言うことは哲学につながると友人から教わりました。というより考えることがすでに哲学ということでしょうか?

たまには皆さんも宗教政治について考えてみませんか?
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