主張すべきことは主張する、いつでも毅然とそして礼節を忘れない国へ

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ご挨拶
■礼の宇宙について
タイトルは宮城谷昌光さんの小説「子産」の中から頂きました。
礼とは、宇宙の原理、原則だと考えて頂いてよろしいかと思います。
しかし礼の深淵の地にたどり着くのは非常に難しいものですね
■このブログで語られること
ここはそもそも黒羊の毒を吐き出す場所として、生まれました。 とりあえず、毒がいろんな方向に飛んでいきます。反日との戦いは継続中ですが、反日とは何かをまずおいおい研究していかなければなりません。少なくとも、日本の"サヨク"は、日本のためなんて考えていないと思います。 憲法9条は欺瞞だと思っており、実装に合わせて仕様を変更すべきだと思っています。 でも政治的や社会的な問題より、まず現実生活の問題点が多いですね。ということでよろしくお願いします。
■黒羊のお勧め




↑置いてみました。ぽちっとやってみて下さい。
オヤシロさまドットコム─テレビアニメ「ひぐらしのなく頃に解」公式サイト

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静流さんの反日ブログ監視所で「アジアの街角」よりと言うエントリで朝日新聞の記事を紹介してもらいました。
ふと昔の留学中のことを思い出しました。
該当の記事で

先月末の日曜日、この街のレストランで「北京ブロガー交流会」が開かれた。北京で暮らす日本人留学生や社会人で自分のブログをつくっている人たちの集まりで、約30人が参加した。

部分でまず、私はまったくそういう集まりに参加したことがなかったので、というか毛嫌いしていた集まりを想像してしまった。(笑)
そもそも、中国留学する時に、お世話になった中国人に、北京、上海、南京のどこに留学するかって言われた時に、南京を選んだのは日本人が少ないから(笑)。大体日本人の悪いところで、すぐ日本人同士で集まる習性があり、当時はまず中国語がぺらぺらになることが目標の第一だったので、日本人コミュニティをシャットアウトしました。(爆)今考えるとその時はかなり反日日本人だったです。
結果的に、私が付き合った日本人はクラスメートの商社マンの奥様方と隣の部屋の日本人くらいで、あとの友達は、中国人はもちろん、アメリカ人、マレーシア人、韓国人、タイ人、シンガポール人、マカオ人、香港人であり、いずれも中国語を介してしか、コミュニケーションがとれない人ばかりだったので、自然中国語の上達が早かったです。
特にマカオの親友は、寮住まいの時のルームメートですが、普通話があまり出来なかったので、二人で日夜努力しましたね。基本的な生活、行動などもマカオの親友と共にしていました。当時は日本人の女の子から慕われる一面も持ち合わせていた私は、プレイボーイのマカオの親友の尻拭いも含め、公私にわたってそういう女子の兄貴分としてお世話してましたね。「お父さんみたい」とか言われてました。(そんな年齢違わないんだけど。)
で日本人の集まりの中では、私は知名度が低かったですね。まず行かなかったですから。それよりもマレーシアの学生の手料理を食べて、遊んでる方が楽しかったです。

発起人の一人、外資系PR会社駐在員の野中将司さん(28)によると、北京の日本人によるブログは現在約300に上り、この1年余りで3倍に増えた。総数では上海に及ばないが、「ビジネスマンの多い上海と違って、北京のブロガーは中国に住むことへのこだわりを持っている人が多い」という。

これは正直分からないです。私は5年間の留学生活で学んだのは、「住むのは日本に限る」でしたねえ。

日記風につづるブログの名前は「我愛北京」とストレートだ。昨春の反日デモの直後に開設した。
 「デモについての日本での報道は誇張されていて、本当のことが伝えられていない」との思いもあった。「自分が住む街を好きって言うのは自然なこと」と、ためらわずに命名した。

これはなかなか難しいですよね。上海で1万人とかの規模でしたっけ?人口比で見るとかなり少ないと思うんですよ。北京には3000万人とか4000万人住んでるとか言われていてその中のせいぜい1万人くらいがデモしたところで、現地にいれば、何も感じないでしょうね。日本でテレビに映るのは当然デモしてる人だけですからね。
ちょうど南京にいた時にコソボ紛争で、中国大使館を誤爆したことがあった時に、南京でも、1000人くらいのデモがありました。でデモが進むにつれて初め反米デモだったのが、反日デモになって、日本を批判していてたまたま、私が見たときに同級生の歴史学部の学生もいましたが、私と目が合ったら、すぐ俯いて、後で、「何でもないから気にしないでくれと弁解?していましたね。」
私が、一番ひどい目に合ったのは、故東史郎が南京に来た時です。極左の幹部と南京で、相当煽ったらしいです。中国人の友人が血相を変えて私に談判しに来ましたからね。まあちょっと話したら落ち着きましたが。日本人は南京事件を、否定してるらしいじゃないかって言うんで、「真っ向から全否定している日本人はそんなにいないし、私も全否定するほどの材料は持ってない。そもそも日本は中国と違って、言論の自由思想の自由は認められてるから、そんな興奮して私に言われてもどうしようもない。」となだめた?ら「確かにお前のせいじゃなかった。」とまあ冷静な頭は持っていたようです。
私の中国語の先生が言っていた「あんな小さい頃から、日本人が悪かった。悪かったと教えられたら、嫌でも嫌いになる。」っていう話は興味深かったですね。
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