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主張すべきことは主張する、いつでも毅然とそして礼節を忘れない国へ
ご挨拶
■礼の宇宙について
タイトルは宮城谷昌光さんの小説「子産」の中から頂きました。
礼とは、宇宙の原理、原則だと考えて頂いてよろしいかと思います。
しかし礼の深淵の地にたどり着くのは非常に難しいものですね
■このブログで語られること
ここはそもそも黒羊の毒を吐き出す場所として、生まれました。 とりあえず、毒がいろんな方向に飛んでいきます。反日との戦いは継続中ですが、反日とは何かをまずおいおい研究していかなければなりません。少なくとも、日本の"サヨク"は、日本のためなんて考えていないと思います。 憲法9条は欺瞞だと思っており、実装に合わせて仕様を変更すべきだと思っています。 でも政治的や社会的な問題より、まず現実生活の問題点が多いですね。ということでよろしくお願いします。
■黒羊のお勧め




↑置いてみました。ぽちっとやってみて下さい。
オヤシロさまドットコム─テレビアニメ「ひぐらしのなく頃に解」公式サイト

孟子曰、人皆有不忍人之心、先王有不忍人之心、斯有不忍人之心、行不忍人之政、治天下可運之掌上、所以謂人皆有不忍之心者、今人乍見孺子將入於井、皆有惻隱之心、非所以内交於孺子之父母也、非所以要譽於郷黨朋友也、非惡其聲而然也、由是觀之、無惻隱之心、非人也、無羞惡之心、非人也、無辭讓之心、非人也、無是非之心、非人也、惻隱之心、仁之端也、羞惡之心、義之端也、辭讓之心、禮之端也、是非之心、智之端也、人之有是四端也、猶其有四體也、有是四端而自謂不能者、自賊者也、謂其君不能者、賊其君者也、凡有四端於我者、知皆擴而充之矣、若火之始然、泉之始逹、苟能充之、足以保四海、苟不充之、不足事父母。


公孫丑章句上の一節を引用しました。
まあ何かと言うと「仁」と言う概念について言及されています。性善説の基礎の部分の説明です。
仁と言うものは惻隠の心に発する。では惻隠とは何かというと、簡単に言うと、かわいそうだと思うことであり、例文として、目の前で子供が井戸に落ちそうな瞬間にかわいそうだ、助けなければと思う心であり、その時に、その子の父母に取り入ろうとか、地元の英雄になろうとか、見殺しにした悪名を負いたくないとか考えないということが書いてあります。
このため、惻隠の心がないのは人に非ずとなっています。
同じように羞悪(悪を羞じる)の心がない、辞譲(人にへりくだる)の心がないない、是非(善悪を判断する)の心がないのも人に非ず。
仁とは惻隠の心に始まり、義とは羞悪の心に始まり、礼とは辞譲の心に始まり、智とは是非の心に始まる。
ここでいう礼とは、儀のことであります。本来の礼の意味は、子産の説明のところでも書いたように、もっと深遠なるものです。
続けます、この四端(始まり)があるのに、仁義礼智の道を行えないのは、自分を貶める者であり、君主に仁義礼智の道を行えないのは、君主を貶めるものだ。
四端を発展させていけば火が燃え広がるように、新しい泉から水が噴出するようにその道をずっと奥へ奥へと進んでいき、やがて天下を安んじることができる。発展させることが出来なければ、父母に仕えることすらできない。
と結ばれています。
哲学となるとうっと身構えるかもしれませんが、案外身近なものです。
「私は性善説だ」とか言う人もいらっしゃいますが、要するに、仁義礼智の端は生まれもって全ての人に備わっているということですね。

今回はまず、礼の宇宙へのアプローチとして、孟子の一節を紹介しました。次回は、性悪説について荀子を引っ張る予定です。
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