主張すべきことは主張する、いつでも毅然とそして礼節を忘れない国へ
ご挨拶
■礼の宇宙について
タイトルは宮城谷昌光さんの小説「子産」の中から頂きました。
礼とは、宇宙の原理、原則だと考えて頂いてよろしいかと思います。
しかし礼の深淵の地にたどり着くのは非常に難しいものですね
■このブログで語られること
ここはそもそも黒羊の毒を吐き出す場所として、生まれました。 とりあえず、毒がいろんな方向に飛んでいきます。反日との戦いは継続中ですが、反日とは何かをまずおいおい研究していかなければなりません。少なくとも、日本の"サヨク"は、日本のためなんて考えていないと思います。 憲法9条は欺瞞だと思っており、実装に合わせて仕様を変更すべきだと思っています。 でも政治的や社会的な問題より、まず現実生活の問題点が多いですね。ということでよろしくお願いします。
■黒羊のお勧め




↑置いてみました。ぽちっとやってみて下さい。
オヤシロさまドットコム─テレビアニメ「ひぐらしのなく頃に解」公式サイト

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肉体労働は疲れるね。
事務所に、机、椅子、キャビネット、本棚を運びいれ、
やっと会社らしくなったことに満足した黒羊です。

新品で購入すると、30万円くらいかかる設備が、運送費だけですんでよかった。
運搬は自分達でやったんだけど、慣れないからねえ。
二回机の脚を自分の脛にぶつけ、今も痛い・・・・。

汗かいたし、こういう日は、いつもならキャバクラ行きだったかもね。
いや、今日は普通に帰りましたよ。
まあ私のお気に入りの子が22時入りだったのもありますが。

で、動物占いって、当たってるんですよね。
私はシルバーのペガサスなんですが。
面倒くさいから自分から告白しないとかね。

あれ何の話だっけ・・・。
何を書こうとしてたのかわからなくなった・・・。

みんな、オラに元気を少しずつ分けてくれ。

それはともかく、
事務所を開くと言うのも結構時間がかかるんですね。
事務所計画そのものは、去年から言っていて、具体的に必要性が出たのが、7月。結局もう11月ですからね。
事務所自体が、10月からですし。

まず、小さいですが、城ができたのは、夢への第一歩ですね。
これから、この城は、多くの人の夢と思いと血と汗と涙を背負って行くことでしょう。

私もそれなりの立場にありますから、この城を本陣として、さらに戦略的拡大を図り、次の目標である、東京本社計画実現に向けていっそうの努力が必要ですね。

今、基本戦略としているのは、ずばりコネクションです。
人と人、会社と会社を結びつけ、結びつき、進むものですね。

何だか支離滅裂な話になってしまいました。
仕事はどんどん充実していくんですけど・・・・・。
考えれば何のためにかはよくわからないです。

まあ世のため、人のためでありたいと思います。
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星がとても綺麗だった。

ここはとても冷えるね。
見上げた空には輝く星達。じっと、眺めた。

それは何も変わらなかった。あの夜見上げた空と同じ。

この場所からは遠すぎて、聞こえないあの音。

静寂が私を包んだ。
またそれを探そう。いつかきっと見つけられるよ。
今回も無事に通訳出張を終え、無事横浜に帰還した黒羊です。

出張帰りに朝までラヴァーズに行き、
その後9時までさくらんぼの愚痴を居酒屋で聞いたのは秘密です。

だんだん通訳の仕事もディープになりますね。
まあ私の場合単純に通訳じゃなくて、
教育・指導・ミーティングにおける情報整理などいろいろあるんですが。
中国人の特性として、ある部品に複数の問題が発生している場合に、
それを一つの問題として捉えてしまうので、すごく大変です。
そこで、問題の切り分けの作業をすると、
最終的に、ある部品の一箇所がの問題が、原因でおかしなことになっているとわかります。
結局問題が発生しました、会議しますとやると、紛糾します。それは問題の切り分けをしっかり行ってくれていないので、会議の中で問題の切り分け作業を行わなければならず、1時間でと言って会議時間が2時間も3時間もかかってさらに結論が出ないと言うことになります。
もちろん日本側の指導も間違っているでしょうね。
多分、根本的な考え方が違うのに、日本側は、大前提は了解されているものと思い込んで話を進めてしまうので、まず認識をあわせるために時間がかかりますね。

まあこれからも前途多難ですが、日本企業は、生産ロボットの開発を急ぎ、早く日本国内で、中国より安くものづくりの出来る環境を整えていって欲しいものですね。
TBS、興毅会見を生中継できず

10月27日9時59分配信 日刊スポーツ
 プロボクシング亀田兄弟の試合を独占中継してきたTBSは26日、長男興毅(20)が開いた謝罪会見を生中継できなかった。会見は午前9時に都内の協栄ジムで始まった。その時間にワイドショーを放送する日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日は冒頭から生中継。しかし、TBSは同時間は生活情報番組「はなまるマーケット」を放送。会見はニュースコーナーで数分取り上げただけだった。
 番組編成上の都合とはいえ、亀田兄弟が大阪に拠点を置いていた当時から追い続け、独占放送してきた同局が、謝罪会見は後れを取ったことになる。これまでの関係を考えれば、同局が情報番組を放送する午前11時以降に会見を開くよう依頼することもできたはず。しかし、同局関係者は「会見は協栄ジムと亀田家の話し合いで行われたもので、TBSは口を挟む立場にない。それに、周囲から言われるほど結び付きが強いわけでもない」と説明した。
 二男大毅(18)が反則を連発した内藤大助(33)との世界タイトル戦など同局の「亀田びいき」の放送内容は批判を浴びている。以後、反則問題も積極的に報じているが、独占中継の継続も含めて亀田家との距離の取り方には慎重になっている。

うんと亀田一家吊し上げ状態になってるんだけど、まあそれはある程度は仕方のないことで、兄弟に関してはDQN親に育てられた結果という話で終わり。
一番悪いのはTBSで、TBSがDQN一家を面白いからと好き放題させて、無理に作ったエンターテイメント性で、ここまでやったんだよね。
まあ他のメディアだっって結構便乗してたくせに、いろんな局の番組で好き放題の発言を許してたじゃん。他のメディアは空気を読む感じで少しずつFadeOutしていった。
TBSは最後まで、亀田への反発を強めるような実況をしたり、あいつらの好き放題を、がんがん全国ネットにのっけて放置していたわけだ。
なのになんで謝罪しないのかね?
私は亀田一家が謝る相手は、相手選手と、ボクシングファンと、その他のボクシング関係者だけでいいと思っていて、特に内藤選手が納得した時点で、終了でいいと思うんだよね。
でもTBSの罪は重い。
TBSは一連の責任を取って放送免許を剥奪されるべきだし、社長が国民に、誤りを平気で電波に乗せて、垂れ流したことを土下座して謝罪すべきだと思うよ。
TBSのような、馬鹿なテレビ局は、百害あって一利なしなので、とっとと畳んでもらいたいものだ。
英政府 外国人就労者に「英検」 EU域外対象 在留邦人“悲鳴”

10月25日8時2分配信 産経新聞

 【ロンドン=木村正人】英政府が来年から、欧州連合(EU)域外からの就労申請者に対し、一律に「英語検定」を実施することになった。英語力で外国人労働者をふるいにかけることで、就労者の流入に歯止めをかけ英国人労働者の雇用枠を確保する狙いがある。しかし、英語が苦手な日本人からは“悲鳴”もあがるなど波紋を呼んでいる。
 英内務省は5日、在英日本大使館で開いたセミナーで、来年から導入される入国審査について説明した。それによると、学生などは除き、すべての就労申請者に対し英国の義務教育終了資格に相当する英語力を求める。
 具体的には、英語検定の一つである英語能力認定テスト(IELTS)で、レベル5・5程度の得点が課せられる。これは日本の英検2級、国際コミュニケーション英語能力テスト「TOEIC」の650~700点に相当するレベルだ。
 EUが25カ国に拡大した2004年以降、英国にはポーランドからの約100万人をはじめEU加盟国から労働者が大量に流入。英国には3000万人超分の雇用枠しかないため、外国人労働者の数をできるだけ絞る必要があると、英政府は説明している。
 英国の在留邦人は約6万人。このうち1万数千人が滞在労働許可証を取得しているが、こうした外国人就労者についても更新時に英検が課せられる可能性もあるという。日本人駐在員の間からは「スシ職人に英語検定にパスしてもらわないと、日本らしい日本食がロンドンで食べられなくなる」という悲鳴も。
 昨年からEU域外の科学者や企業主らにはIELTS6・0程度の英語力が課せられていたが、これも来年から6・5に引き上げられる。例外はイングランド・プレミアリーグなどのプロサッカー選手らだという。


うーん。英語圏の国で働くのに、英検2級程度大したことない気がするんだけど。
スシ職人だって別に勉強すりゃ何とかなる話じゃないのかな?
英国で生活していくんだから、それくらい身に着けてないで、何しにいくつもりなんだろう?
日本なんて、日本語がそれなりのレベルじゃないとそもそも生活できないだろう?むしろ自分のスキルアップのチャンスじゃん。
何を甘えたこと言ってるんだかさっぱりわけのわからないニュースですね。
日本でだって日本語が通じない、外国人労働者ばかりになったら皆困るだろう。大体英語が苦手なのに、何でわざわざ英国で生活するんだ?馬鹿か?
久々に、最近のネタについて、書きます。
巨人渡辺会長「CSくだらん」

巨人の渡辺恒雄球団会長(81)が22日、都内のホテルでクライマックスシリーズ(CS)第2ステージで屈辱の3連敗を喫し、今季の幕を閉じた原巨人に対し、不満を大爆発させた。まずはCSの存在を否定し、原監督と中日落合監督の采配を比較して敵軍の監督を持ち上げ、自軍の監督をこき下ろした。さらに、ふがいなかった外国人選手にも怒りの矛先は向き、フロント批判まで展開する暴走ぶりだった。
 大勢の報道陣が集まったホテルのフロアで、渡辺会長のダミ声が響き渡った。5年ぶりのリーグ制覇を果たしながら、CSで3連敗して日本シリーズ出場権を逃しただけに「制度がよくない。リーグ優勝はなんの意味もない。おれがオーナーの時は絶対に反対した。誰がどうしたか知らねぇが、こんなくだらん制度をつくった」と次から次へと不満をぶちまけていった。
 CS制度の次にやり玉に挙がったのが、原監督の采配だった。第2戦に投手の川上にバスターを決められたことを挙げて「これは作戦ミスだよ。作戦ミスが3日続けば負けるんだよ。ベンチワークが敗因か? それもある。あいつがしっかりしてるんだよ、落合が。落合の方が頭が良かったんじゃないかな」と一気にまくし立てた。「原君もリーグ優勝したんだから。来年に向けて戦力を補強して。来年は勝ち抜くことだ」と、散々こき下ろした後に、フォローにならないフォローをした。
 返す刀で、フロント批判も展開した。不振続きの外国人補強に言及。「こんなバカな状況で補強しないでいられるか。おれは十何年、言い続けているが、ろくな外人がいない。クロマティ、ちょっとローズとペタジーニぐらい。全部間違っている。それが分からねぇ、フロントがどうかしてるわな。だから負けるべくして負けるんだよ」とめった切り。「これを教訓にして来年、生かせないようなら、巨人はおしまいだな。だけど、おしまいになると、野球が全部つぶれるな」と時折、声を荒らげながら、約7分間の“大演説”を締めくくった。
 確かにCS制度の改革の余地はあるが、敗戦が決まった直後での批判は負け惜しみ以外のなにものでもない。ましてや球団トップの人間が、自軍の監督批判は論外。シーズン中間報告やリーグ優勝報告では絶賛していた原監督の采配も、たった3試合のCSでの敗戦で、あっさり手のひらを返して猛批判。白けムードが漂った。大権力者の傍若無人な発言がチームの士気を弱め、巨人人気を低迷させていることに、まだ気がついていないようだ。【小島信行】


耄碌爺は百害あって一利なしだから死んだ方がいいと思うんだ。
CS推進したのは巨人の滝鼻だろう。
阪神も中日も反対した。もしするならリーグ一位のチームにアドバンテージ与えろと中日が言ったのを突っぱねたのも滝鼻だろう。
爺さん、耄碌して忘れたんだろう。
こんな奴が福田政権を誕生させたんだから信じられないですね。
原はよくやったが、上の耄碌じじいがこんなだとやる気失せるだろうね。フロントとか監督とか言うより、一番の害は、ナベツネ
老害ここに極まれり。
まあ阪神ファンの私には、老害がいてくれた方がいいのですが、日本人の立場で考えると、本当にこのじじいは死んで欲しいなあと思います。
何か格好いいタイトルを思いついたので、書いてみました。

中身は特になんてこともないです。
俄か知識ですが・・・。
議論には三種類あって、
討論、議決、対話。
んでこれに当てはまらないのが言い争い。

討論・議決・対話の共通項としてテーマが明確であること。
討論は、中立者が、進行し、采配すること。
目的は、相手を負かすこと。

議決は、全員が賛成派であり反対派であり審判する。

対話は、お互いの理解を深めること。特に問題解決とか答えがあるものではない。

どんな形であれ、答えを求める場合は、対話は必要ないなあ。
主観的な事柄の時、例えば男女間の友情は私はないと思うんだけど、
皆はどうですか?
みたいな、ものは、どれが正しいとかないので、どう考えても対話が必要なんだろうな。

憲法改正とか、核武装とかは、答えを出さなきゃいけないので、討論とか議決になるけど、討論は、詭弁と論点逸らしでよほど中立な議長がいないと成り立たないだろうから、議決ってことになるんだよね。

議決に必要なのは、積み重なった客観的データと、個々人の判断能力に尽きますね。

いわれひこ氏のところに関係しては、最初は対話(いわれひこ氏が拒否)→討論(議長@管理人の強権発動)→議決(いわれひこ氏逃亡)→言い争い
みたいな流れになっている気がする。

んで私の中では、反日ブログ監視所の「護憲派は改憲派との対話が嫌?」に関連しては、「護憲派だから、対話が嫌」とか「改憲派だから、対話が好き」なんてことはないと思う。と言うことで終了だと思っていたんですが、何かいろいろあったようで、途中からついていけてないですが、miracleさんが、Looperさんと対話?するためのスレを立てるという方向で認識しています。

さて本題に入ります。
これから私はどうした方がいいか。
1:Jamieを待つ
2:似た雰囲気を持つ女性にアタック
3:全く違う世界を目指す
4:その他

後はなんか選択肢あるかなあ。

ちなみにJamieのメッセのメッセージは、
She is DECIDED...enough is enough!
です。

その前は、She's only her friend , he'll go back.
でした。
さて、21日に、妹の結婚式が執り行われました。
会場はここ

前の晩に、私の大切な仲間が悲惨な目にあっていることを知りました。
参照

従弟が、当日に移動して来ることになったので、プリンスホテルに泊まることになった黒羊でした。意味がわからなかった。(自宅から新横浜はすぐ。)
まあ親戚が続々とプリンスホテルに泊まりに来る中、本来私は、親戚の受け入れもしなければならなかったのですが、仲間が大切な話があるとのことで、そちらを優先した。

もちろんそこまで深刻だとは思わなかった。大きなおなかを抱えて、彼女はえっちらおっちらやってきた。
とりあえず4人で居酒屋に行く。もちろん妊婦は飲まなかったけど。

彼女から語られた物語は、予想をはるかに上回っていた。
せいぜい「浮気されてるかも」くらいだと思っていた。

そしてそんな重たい話を聞かされ、人間不信がさらに増した私は、彼女たちと別れた後、ボスと二人ラヴァーズへ行った。
久しぶりに、あの女の子と会って何だか安心した。
結局ホテルに帰ったのは4時前。
花嫁の兄貴はなかなかのやり手です。

正直、アルコールが抜けないまま、8時には親戚と朝食を食べ、9時半に会場入りした。
全くの酔っ払いのまま、結婚式に参列するとは考えてなかった。
しかし、特にやることはないと思っていたし、誰からも何も頼まれていなかったので、安心していた。

会場に着くと親にデジカメを渡され、撮影係に任命された。
もっと早めに言っておけよ。ちゃんと取れるかな。

式は人前式だった。
酔っ払っているのに、一番前に座らされた。最悪だね。
司会の人が、「人前式とは、宗教や儀式に捕らわれない・・・・・・・セレモニーです。」と言った瞬間、酔っ払いの私は思わず噴出した。

儀式やないか!!セレモニーと儀式の違いが分からなかったのだ。残っていた理性が、声に出して突っ込むことを踏み留まらせた。

しかし従兄の娘と息子が可愛いんだこれが・・・。

でそれはともかく、そのまま披露宴に突入した。全然酔いが醒めず、妹の友人たちに挨拶されたが、いつもなら、彼女たちのニックネームがすいすい出てくるのだが、酔っ払いのため、いまいち誰が誰かよくわからなかった。

披露宴開始直前、係の人が「新婦のお兄様ですね。ご祝儀を預けるように言われていますのでお願いします。今受け付けの方をお連れしますのでよろしくお願いします。」
「は?」そんな話聞いてないので、酔っ払いはびっくり。

突然、大金を足元に置かれ、緊張してしまった。カメラマンに任命された私は、よく席を外すのだが・・・・・。

意味が分からなくなったので、乾杯を本当に一気飲みで乗り切り、注がれるビールをガンガン飲み干してやった。
ますます、酔っ払い、結構なハイテンションを保ち始めた。
いろんな人が挨拶に来てくれるんだが、何を言ってるのかさっぱり分からない。
さらに白ワインを勧められ、ガンガン飲んでやった。

「ここで新郎新婦のお色直しです。」
妹は、妹の友人の娘にエスコートされ、会場を後にした。
「ここでサプライズです。新郎のエスコートは・・・・・。」

「新婦が似てると仰っている、お兄様にお願いしたいと新郎切ってのお願いです。」

誰だよ、お兄様って・・・。「うん?」皆の視線が私に注がれる。

私だった。・・・・・。何にもしなくていいと思ってたのに・・・・。
ふらふらしながら兎に角愛想を振りまきながら壇上に急いだ。

でどうやってエスコートするんだ・・・。手をつなげばいいのか?
「お兄さん、肩組んで行きましょう。」
ふらふらの私が新郎に会場の外に引きずられて行った形になった。

「突然ですいませんでした。」
いや・・・・、すげえ酔っ払ってるんだけど・・・・。

お色直し後、カメラの電池がなくなったため、従弟のカメラを借り、撮影しまくる。酔っ払ってるのに。
でもこれはすぐに一つにまとめとかないとやばそうだ。

終了後、すぐにカメラから、カードを取り出し、PCに取り込む。
目に付いた人のデジカメから、データをもらう。
酔っ払っても、PCの操作には全く支障がない。さすがプロ。
後はこれをまとめて、焼いて伯母に渡し、山口でお留守番の祖母に届けてもらわなければならない。

花嫁の兄大活躍の酔っ払い。

披露宴も終わり、さあ帰って寝るぞと思ったら、そうだ親戚の接待だ。
みんな帰る時間も目的地もバラバラなので、ホテルのラウンジに案内し、ひとまず落ち着く。

すごく酔いが回った私は、兎に角コンビニに行き、「ウコンの力」を買い、同じく注がれる酒を断れず、ベロベロになった、従弟にも渡し、飲み干した。
本当は先に飲んどくもんだけどね。

ヘロヘロにベロベロの私は、翌日には、長野に戻らなければならなかった。

結局家に辿り着けたのは、21:00。
そこから、出張の準備をして、22時に眠りに落ちた。

結局酔っ払い+やることいっぱいだったため、結婚式の感想は、一言、
「疲れた」、である。

今日の仕事は結構辛かった・・・・。ヘロヘロなんだもん。

もう身内の結婚式はコリゴリだ。
そもそも親戚皆から、すでに9月の段階で、皆に、結婚はまだまだしないことを伝えておいたのに、いざ妹の結婚式で顔を合わすと、お前はまだか、お前はまだかと・・・・。
そりゃ酒でも飲まんとやってられるか。
とりあえず4つ上の従姉が先だと逃げました。姉さんごめんね。

でも姉さんの胃袋は宇宙だったよ。あの料理、女性で他人の分まで完食した胃袋はすごい。決して私のように太っているわけではないのに。

さて出張先でやっと1人で落ち着いた感じになれました。
でも10日後に、件の仲間が出産した後、どのように支えて行くかと言うのは大きな課題がある。

一番いいのは離婚することだと思っているけど・・・・。
彼女には無理だろうな・・・・。
かと言って旦那が戻ってきても、また同じことやるのは確かだし。

しかも私は人のことに心を痛めるほど、余裕があるのかといわれると、全くないんだ。

誰か・・・・助けて。誰か私を支えてください。
心が折れそうですね、再び・・・・。
禍福はあざなえる縄の如し・・・。

6年前、貴女は奈落の底にいた。
私が、日本に居なかったため、あいつの暴走を止めることができなかった。
深夜のパーキングエリア、助手席で、私は、貴女のため、そして私の無力さを悔い共に泣いた。
貴女とあいつの幸せを信じて止まなかった、あの頃。

4年前、貴女が幸せになった。私は式場で、貴女が幸せになれるから喜んだ。ただただうれしかった。私と誕生日も同じあいつの罪は、私の罪。私は貴女を守る義務がある。そんな義務からも開放される。
一年後、結晶が生まれた。私の心配は無くなった。
私は、貴女があいつと一緒だった頃よりはずっとずっと距離を置いて見守った。

今、貴女の中にもう一つの新しい命が宿り、もうすぐこの世の空気を吸う。
そんな時、彼女は・・・・、奈落の底にいた。
貴女の旦那が、あいつと同じこと、いや、あいつ以上に馬鹿だったとは。予想の斜め上を行った。

貴女は、新しい命を抱え、奈落の底にいた。
もう半年も前に、旦那が馬鹿だとわかったなら、すぐ私にすがってくれればよかった。
そこであれば、一発ぶん殴って、終わりだった。

兎に角、今は何もできない。今は貴女がしっかりと新しい命をこの世に誕生させてくれ。
それから、貴女のしたいように私が支える。
「離婚しろ」
私はそう言った。でも貴女がそれを言い出せないことは知っている。でも私はあえて言う。
貴女は、ダメ男に憐憫の情をかけ、貴女から離婚を言い出すことができない。
あいつの時も同じだった。結局、私があいつから本心を聞きだし、別れる気持ちを聞くまで、貴女は、あいつを切ることができなかった。

全く一緒。

でも貴女の幸せは、あの馬鹿にはない。子供の幸せもない。
私はそう思う。でもそれは、貴女が決める道だから。

貴女が悩んで、決めた答えに私は添うだけ。
ただ、今は、新しい命を大切にしよう。
それから悩もう。一緒に悩んでやるから。

心が沈む・・・・・・。
馬鹿は死んでも治らないという慣用句がありますが、
実際どうなんでしょうね?

仕事関係でもそうなんですが、一定比率でどこにも馬鹿がいるんですよね。
まあ私が天才だとは思いませんが、少なくとも人の足を引っ張って気づかない馬鹿や、過ちに気づいても改めない馬鹿や、大口たたいて実力が伴わない馬鹿に対して、どう対処していけばいいか、結構困りますよね。
例えば彼、彼らの生殺与奪の権限でも持っていれば、楽なんですが。
ああ生殺与奪の権限もった馬鹿もいるなあ・・・・。

皆さんは、自分のコントロールの聞かない馬鹿と組むまたは、交渉せざるを得なかった時どうしますか?

私は前に仕事で、部下に馬鹿を寄越されて困ったので、どうでもいいことの調査をずっとやらせて、仕事は自分でこなしてと言うようなことをやりました。
最近では、馬鹿な上司の命令を引き受けて無視して他のことをやるというようなこともやりました。

何とかできるけど、馬鹿も一人前と勘定されるので本当に困りますね。
たまにはホルホルします。

いやあ、勤務先の人から、是非こっちで働いてくれ、
一緒にやって欲しいなんて言われちゃいました。

やはり、誰かから必要とされると言うのは人生においてすごく重要な要素ですね。
まあ中国語の分かる技術者が少ないと言う現実がありますが。

残念なことに、私にはやるべきことがあるので、その期待に応える事ができません。

皮肉なもので必要としてもらいたい人に必要としてもらえない、それもまた人生ですね。

おっと今日はホルホルする日でしたね。
なんか最近中国人の歌手に似てるとよく言われるですよ。朝鮮人としか言われたことはないんですがね。
うれしいかと言われると・・・・別に・・・・・。

うーん・・・・・。なかなか気分を盛り上げられないなあ・・・・。
TBSだろうね。

TBSがあの河内弁一家を増長させたわけだし、
偏向した放送をしたのもTBSだろう。

TBSが責任取るべきだよ。
やっぱり放送免許取り消してやった方がいいと思うんだ。

しかしあの状態になるくらい精神的に弱いのに、
よく世界チャンピオンをゴキブリ呼ばわりしたもんだ。

とにかくTBS謝罪した方がいいんじゃないかな。

TBS→国民に謝罪
一家→内藤選手とボクシング関係者とボクシングファンに謝罪

じゃないかな。一家が国民に謝罪する必要はないだろう。よくわからないけど。TBSが知らん振りなのが面白すぎ。本当にメディアは腐ってますね。
生まれて始めて、
脳みそがショートしました。
さすがにトリリンガルとか無理だ。

英語、中国語、日本語ぐちゃぐちゃ。

英語と日本語、中国語と日本語なら何とかなる。
英語と中国語の場合、聞いてわかるけど出てくるのは中国語。

日本語、中国語、英語の場合、何を喋っていいのかさっぱりわからなくなりますね。

そろそろクアッドのCPU積まないと処理できんな。
ということで再び、長野に出張にやってきた黒羊です。
夜は冷えます。

しかもここって何にもないからすごく寂しいですね。
今回の中国語は、Loversのお陰でかなり冴えまくりですね。

普段から中国語を話す大切さを思い知りました。

で寂しいことに、去年、通訳して教育した人が結構辞めちゃってるんですよね。まあ中国人は見切りが早いんですが。
結局そうなると教えたことが全て無駄になるんですよね。
引継ぎですか?そんなものしてくれないですよ。

中国人の教育って結構大変。仕事に対する意識改革をしないと無理だ。
ここの上層部はそこらへん理解できていないから、正直言って馬鹿だな。日本人を教育するのと、中国人を教育するのは違うんだから。

今回は、まるで知らん専門用語を訳さなきゃいけないので、胃が痛いですな。

残業地獄・・・。
ダメな奴ら二人。
黒羊と孤高のギタリスト。

引きずりすぎ。

本当に何をやってるんだか・・・・。

あいつも後悔するなら、捨てなきゃ良かったのに。
CAだよ。もうないよ・・・。

奴は富山で飲んだくれ。
私は横浜で飲んだくれ。

だめだこりゃ。

こんなダメな二人に、愛の手を。
久々に普通に家で夜を過ごしている黒羊です。

朝方ですが、いつものLoversの女の子を3人とボスと共に、焼肉を食べたわけです。これがまあ本日の体調不良の原因でした。

焼肉屋に行く前の店での話ですが、
男女間の友情
A:ある
B:ない
ボスと、姉ちゃんはある派。
私とさくらんぼはない派。
まあ前提として、元彼、元彼女に絞ります。実際は、絞らなかったので、議論が拡散してしまったわけですが、
分かりやすくしておきます。
で、私とさくらんぼは、元彼や元彼女と友人で二人で会うとか信じられない、会う時はよりを戻す時だと主張しました。
ボスと姉ちゃんは、そんなことないと。

まあくだらない話ですがね。
いろいろ条件もありますけどね。
例えば、今現在、結婚Or新しい彼女が居る状態の場合、元彼や元彼女に会う理由が私なんかにはさっぱりわからないです。
居ない場合、多分未練たらたらなんでしょう。

でもそうは思わない人もいるのが現実で、こういった問題は、答えがある、なしの二つでもないし、どっちが正しいとかもないんでしょうね。

キャバクラで何をやってるんだかって話です。

私は今非常に恐れています。
一人の人間を深く深く傷つける可能性があります。
分かってても、止まりません。

自分の中にモンスターが巣食っている気分です。

早くモンスターではなく、私が私自身をコントロールできるようにしたいですね。

どこかに綺麗な星でも見に行こう・・・・。
あなたの幻影を追って、今日も朝まで、酒を飲む。
この自堕落な生活は、いつ終わるとも知れず。

信じられないかも知れないけど、君の後姿は、あの人とすごく被るんだ。
信じられないかも知れないけど、君のその福建語を話す時の声は、あの人を思い出させ、私はそれに酔いしれるんだ。

君が、私をここに繋ぎ止めているんじゃないんだ。私はあの人の幻影を君に映し出しているんだ。
これはとても失礼なことなんだ。君はあの人じゃない。
ごめんね。

唄う歌は別れ歌ばかり。君の誕生日なのに、あまり話をしなくてごめんな。
君がもし許してくれるなら、もう少しだけ、私の傍にいてくれないかな。

私が余り、手を触ったり、体の触れ合いをしないのは、変なところが潔癖なのです。

決して嫌いなわけじゃないんだ。君が手を繋ごうと、私の手に触れた時、私が手をすっと引っ込めたのは・・・・、そういうこと。

君があの人ではないのに、君はあの人に見えて、君を好きなんじゃないかと思ってしまうこともある。

でも家に帰って冷静になると、君があの人じゃないことに気付く。

尾崎豊のforget-me-notを唄った時に、皆からすごく本気で唄ってるねって言われたけど、そりゃそうだ。思いを込めて歌ったから。

昨日、最初に流れたゆずのサヨナラバス・・・・
あの人が一番好きだった曲。
いたたまれない気持ちになったのは、秘密だよ。
最近日記ばかりになっています。
まあ前に安倍さんが辞めたあたりから、
政治ネタとか憲法問題とかに触れるのが面倒くさくなってしまい、このまましばし、迷走モードに付き合ってください。

まあ話の分かる範囲では、誰かのブログにコメント入れに行きますけど。
でも中途半端でコメント継続を辞めてしまっても、
ああこいつまだ病んでるなとお目こぼしをお願いします。

後短気なので、遠まわしな表現や、曖昧な言い回しを極力避けていただけるとありがたいです。←って言うかこれは現実の生活での問題か。

しばらくは、日記、現実に直面していることなどを、現実に悪影響を及ぼさないように書いてリハビリしていく感じですね。

と言うことで、来週の月曜日から、長野に出張です。
通訳3度目。
まあノートPCは持って行くので、ブログの更新とかは、できるな。

でもあそこ物凄く夜淋しい所だから、泣いちゃうなあ。
<引きずっても仕方ないのに・・・・>

そんな感じで、妙な別れ話が、浮上したのが、一年半前。

私は、結婚するつもりでいたので当然、貯金もしてたし、いろいろ準備も進めていたのだが、結局無駄になった。

綺麗に別れることができず、私が彼女に投げかけた最後の言葉は「頭を冷やせ」。

彼女が切り出した、別れ話は、さっぱり納得いくものではなかった。

彼女の親友に婚約者がいて、結婚しようとしたところ、その婚約者はが浮気をしていることがわかった。で別れた。しかも親友は妊娠していた。しかし別れたため、おろした。

男なんて皆そうだ。あなたもそう。信頼できない。

まあ何を言っても聞く耳も持たず、罵倒され(謂れがなかったのだが。)、話にならなかった。

話にならないまま、全てが終わった。
物別れに終わった後の去年の8月は、誕生日プレゼントを贈った。
お礼のメールが来た。それ以外は何もなかった。
12月のクリスマスにもプレゼントを贈った。
私の母親は、彼女にアクセサリーを贈った。
お礼のメールが来た。

母親の知り合いのシンガポール人が、今年の8月里帰りするので、プレゼントを言付けた。

返礼のプレゼントが返って来た。メールは来なかった。
その知り合いの話では、彼女は、私に頭を冷やせと言われた後、完全に体調を崩し、精神的にも病み、入退院を繰り返し、長い時は1ヶ月も仕事を休んだりしていたらしい。
今となっては、どうすればいいかはわからない。

しかしチキンレースは続いている。

私のメッセンジャーのサブタイトルは、
「Love and be silent」

彼女のサブタイトルは、
「Silence is Gold」

前に進めない私は、チキンレースから降りると言いつつ、降りれずに。

そろそろキャバクラ狂いも止めないと、退廃的になって身を持ち崩す可能性がある。
あの店に通っているのは、彼女の面影を持つ女性がいるから。
今はその人とJamieの幻影を重ね合わせ、隣に座ってもらって、何も語らず黙って飲んでいる。
酒が強くなってしまった。

自分はこんなんじゃなかったはずだ、と今の自分を嫌悪する。

本当は誰かに、もういいよ、疲れたろ、お前は頑張ったよと言ってもらいたいだけなんだ。
前回のエントリのようなことを、
すごくオブラートに包んだ感じで、
うちの会社と協業すると言っては、すぐ足元見たり、違うところから、手を回してくるは、まるで誠意のない、某社の取締役にぶつけてみました。

結果、某社の窓口担当をしていた、某部長を、窓口から外すことに成功。やっぱり擁護者にはビシッと伝えないとだめですね。
こちらの意見を聞いて、某社取締役も納得。
それにしてもすごく簡単なことが、こんなに時間とお金の無駄遣いをしてしまうとは、痛い痛い。
まあ取締役まで怒ったら、協業なしになって、多少それは、会社的に損失なんだけど、それはそれで構わなかったけど。
でも丸く収まってよかった。
やっぱね、私には無理だ。
あの物体には付いていけない。
屁理屈重ねて、言ってるけど、元々誠意の欠片もない人間を擁護できる神経が理解できないです。

論点逸らししかできないような人間の何をどう信頼するのか。
そんなくだらんチキンレースには乗れないね。

「折角・・・・してくれてるのに」
ああ馬鹿らしい、こっちが先に「折角・・・・してやったのに」って返しますよ。

もう君も、そのチキンレースに乗る必要はないですよ。無意味。無駄。
議論には勝つ為の議論っていうのがあって、そんなもの何が楽しいのかな。
勝つ為にやるんじゃなくて、ある問題に答えを出すためにやるんだよね。
ところが、あれはいつも、罵倒から入り、詭弁でごまかし、最終的にはちゃぶ台をひっくり返して滅茶苦茶にして勝ったという。

最近非常に短気な私には、くだらなくてついていけません。
<もう過去に戻れない>

ホテルを目指す途中、何故か、Jamieは二度も同じ道を間違え、結婚を届け出る役所に2回も入り込んだ。
ひょっとしたらこれもフラグだったのだろうか。
わざとだったのかな?

その日の晩、Jamieの家族とお食事だった。
見ず知らずの日本人を暖かく迎え入れ、おいしい料理をご馳走してくれた。
ここから1週間ひたすら、何かしら食べ続けた気がする。

Jamieが一日仕事が入った日は、Jamieの友人が、私を連れていろんな所に連れて行ってくれた。
と言っても南京の頃から知っている、私の友人でもあるのだが。

とりあえずマーライオンも見た。
旅の空
↑ここに当時の写真がいろいろあるので、御覧になってください。

1週間はとても短かった。
最終日にJamieが熱を出し、完全に体調を崩したため、見送りも断ったんだが、聞き入れてもらえず、結局空港まで送らせてしまった。

最後に口づけを交わした。

それがJamieと会った最後の瞬間だった。


次がラストにします。


楽しい時間はあっという間に終わる。
苦しい時も後に楽しさがあることがわかっていれば、乗り切れる。

Jamieと約束したことがあった。禁煙。
もう破ってるけど。吸わずには居られない。

6月、私はシンガポールに行った。
1年ぶりにJamieに会える。それも、彼女が生まれ育った街で。

シンガポールは暑い。蒸し暑い。
Jamieが空港まで私を迎えに来てくれた。
彼女の運転する車でホテルを目指す。
最初、リビングに泊まれと言われたんだが・・・さすがにね。

そこで事件が起こった。
車の中で、「私のどこが好きか」と言うので、「全部」と即答したら、怒られた挙句、泣いてしまった。
その件は、途中で許してくれたんだが、何だかよくわからなかった。
もっと具体的に挙げるべきだったのかもしれない。

・私以上にわがままなところ
・笑顔
・涙顔
・怒った顔
・恥ずかしそうな顔
・低すぎる沸点
・料理がすごい下手なのに、一所懸命作ってくれること
・突然見せる子供みたいな、ささやき
・168cm、48kgのモデル体型
・たまに淋しげな後姿
・私が先にキレルと、同じものに怒りを覚えていたはずなのに、急速に冷めるところ。
・家族思いのところ
・実は世間知らずのお嬢様なところ
・責任感の強いところ
・動物が死ぬのを見ると涙が止まらなくなる私を優しく包み込んでくれたこと
・最愛のルンが亡くなった後、南京で1週間くらい、私を24時間ずっと励ましてくれたこと
・中国人の辞書に、並ぶという文字がないと北京空港で、大泣きしたこと。
・スカートの方がかわいいよと言うと、素直にスカート穿くところ。
・私の大好きな猫が、大の苦手なところ。
・日本のことが好きなところ
・私より前を歩きたがるところ
・すごくナルシストなところ
・先生をやっていた叔母さんを尊敬して止まないところ
・一日に最低2回はシャワーを浴びなければ気がすまないところ
・ピンクが大好きなところ
・豚、特にピグレットがお気に入りのところ
・胸がすごく大きかったら、裸で町を歩いてもいいと言ったこと
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
いっぱいありすぎる・・・・。

のでまた明日。
<幸せな日々、そしていつか。。。>

大した話でもなく、よくある話、皆が一度は経験するであろう挫折。
くだらないのはわかっているんだけどね。

Jamieがシンガポールに帰ると、また、超遠距離恋愛が始まった。

技術系の仕事をしている私は。ほとんどのことが独学だったし、仕事で中国語を使うわけでもなく、それでも夢見る未来のために、同期で入った連中より、もちろん、ボスのプッシュもあったが、案件をある程度任せてもらえるようになった。

6月にJamieは、再び日本に来た。その前の12月にJamieが来た時は、12月に京都に行ったのだが、運よく雪が舞い、雪の金閣を拝むことができた。大阪は中国みたいで、私にはきついかもとJamieはお気に召さなかったようだ。

6月は、割と忙しく、無理を言って夏休みを前倒しでもらった。
覚えた日本語で、両親や、妹と一所懸命会話をしていた。
彼女が行きたいと言うところには全部行った。

シンガポールは常夏ですから、6月は日本でも、夏物の服が手に入るため、大はしゃぎで、服を買っていた。

その一ヶ月もあっという間に過ぎた。契約が終了するまで、1年半。それまではこうして行ったり来たりが続くんだろうな。

もっとも私も働き始めてやっと1年だったので、給料も完全にワーキングプアな感じでしたからね。その1年半の期限は、ちょうどいい感じでした。ましてや、Jamieは、結婚したら絶対働かんと言っておりましたから、大変だ。しかも何ヶ月かに一回は、里帰りもしたいだろうしとか考えると、ワーキングプアーのままだとやばいなと思い、仕事頑張りましたよ。

その年の冬は、私も非常に忙しく、Jamieもランクが上がってしまい、
日本に来ることも、私がシンガポールに行くこともできなかった。
Jamieはその頃から、元々きつめの性格だったのですが、「日本に行けなくなるくらいなら、死んだ方がマシ。XXX(同僚の名前)の嫌がらせ。」とかなり激しくなってしまいました。

Jamieは元々、小学校の先生だったのですが、中学校に配置され、同僚にいじめられこの頃から大分、ストレスが溜まっていたようです。
まあ学校の先生は、学校が休みのときにズドーンと休めるので、1ヵ月日本に滞在とかできたんですね。

その6月が結局Jamieの最後の来日なったとは思いも寄らなかった。

買い物に行くので、また後で。とりあえずコメントは返しておきます。
<時は流れる、それは過酷で・・・>

その年の12月には、早速Jamieが来日した。
当然うちに泊まるので、両親にも紹介した。

1ヶ月の滞在。もちろん私は、休むわけには行かないので、母親や伯母が、昼間はJamieの世話をしてくれた。
伯母はボランティアで外国人に日本語を教えていたので、その集まりを紹介してもらい、Jamieは日本語の勉強を始めた。

兎に角彼女が行きたいと思ったところには全て連れて行った。
12月には私の誕生日もあり、とても幸せだった。

夢のようだった。Jamieが日本にいる。横浜にいる。
「シンガポールには冬がないから、冬が好き。」彼女はそう言ってわらった。

元々彼女は日本が好だと言ってた。でも日本で、中国人と間違えられて、大泣きした時は、正直参った。中国人とは一緒にされたくないと言う気持ちはわからなくもないが、泣くことはないだろう・・・・。

本当は正月も過ごしてもらいたかった。日本の正月はどんなものか見てもらいたかった。
私も正月休みがあるしね。

でもJamieも仕事があるので、クリスマスが過ぎたら、またシンガポールに戻って行った。

南京での別れと違い、この別れは未来へ繋がる別れだった。それでもJamieは涙を流し、別れを惜しんだ。

私も、彼女がずっと思っていた日本を実際に紹介できて、とてもうれしかった。彼女にとてもよくしてくれた、両親や、親戚、友人達にもとても感謝している。
ボスの奥さんは、豪勢な手料理でJamieをもてなしてくれ、彼女もすごく気に入っていた。
Jamie自身、英語もぺらぺらなので、それなりに日本でも何とかなったらしい。
日本語は、外国人に思われるから、もっとうまくなってから話したいとわけのわからないことを言っていたのも可愛かった。

何もかもが順調に始まった。

急激に眠気に襲われたので続きは明日。
<あきらめの悪い男、自分を恨まず、世間を憎む>

本当はあの時、強引に日本に連れ去りたかった。
でも私は、親に寄生していたわけだし、生活力0だったわけで、
そういうところは、冷静というか、先のことを考えると、
踏み出せなかった。

シンガポールに乗り込んで婚約者をぶっ殺してでも、奪い取ることも考えた。友人達も、行って連れ帰って来いと、婚約者ぶっ飛ばして来いと皆が支えてやるから、思い切ってやって来いと行ってくれた友人達は、馬鹿だし、無責任だけど、暖かかった。人の優しさが痛かった。

Jamieが、帰国してからの一年は、実はあまり覚えていない。
でも一人になると思い出すし、帰国後1ヶ月くらいしたら、8月8日なので、その頃には結婚すると言われていたから、もう結婚してるのかなとかうだうだ思ってしまうので、マカオの色男とつるんで、ボーっと過ごしていた。

Jamieが帰国した翌年、大陸ではSARSが問題になった。
私のマンションのあった近くの1区画でSARSが発生し、閉鎖されると、外に住んでいる留学生は、留学生寮に入ることも制限されるようになり、私は、マカオの色男と相談して、中途で5月のGW明けに帰国した。

帰国してから、一ヶ月はニートだった。元々めんどくさがりだったが、もっとめんどくさがりになったので。
その後一社だけ就職活動し、物の見事に落ちて、商社だったが・・・。
就職活動すらうざかったので、親友であるボスに相談した。
二つ返事で、雇ってくれて今に至るわけだが、私達が、出会った20歳くらいの頃、ボスが、「関わる全ての人と幸せになりたい」と言う言葉に感銘を受けていて、それを信じていたので、とてもいいきっかけだった。

すんなり就職も決まり、新しい生活が始まった。そんな夏、メッセンジャーでJamieが話しかけてきた。きっかけは8月8日に彼女に贈った、私の初任給で買ったプレゼント。
正直彼女とメッセで話すのは、怖かった。もう結婚しているだろうから、幸せだったら嫌だなと思ったし、私の抱く甘い幻想が壊れるのが嫌だった。

奇跡はもう起こっていた。彼女は、帰国して婚約者と別れていた。原因は婚約者も、浮気をしていたことだった。
まあそれはお互い様だが、私はただ、天が私に機会を与えてくれたんだと考えた。

「あなたは、まだ私のことが好き?」Jamieの問いかけに、私はYesと即答する。1年間ただただJamieを想い続けた、私は、舞い上がった。

現実問題としては、私が就職したてであること、Jamieの仕事の契約が後数年は切れないことだけだった。
とりあえず国境を越えた超遠距離恋愛が始まった。

連絡手段は、メッセと国際電話。
仕事する目的もできた、来るべき国際結婚に備えて。

お腹がすいたのでまた後で。
<一片の雪が舞い落ちて、そして静かに消える>

今思ったんだけど、Jamieと過ごした何気ない日々のことを結構鮮明に覚えているもんだな・・・・。

本当に馬鹿だなあ・・・・。


Jamieと付き合いが深まれば深まる程、私は彼女に惹かれて行った。
数ヶ月もすると、Jamieのことしか考えられなくなった。
もちろん彼女とは中国語でしかコミュニケーションを取る手段がなかったので、私の中国語は上達していった。
夜はどちらかの部屋に泊まるそんな生活だった。

Jamieに婚約者がいたのは、うすうす分かっていたんだが、ショックだった。単なる恋人じゃなくて婚約者だったのは、驚きだった。

でも私の気持ちは既に引くに引けないところに来ていた。
一度、その件で、話をした。
Jamieは、泣いて別れられないと謝るばかり。
私は、もしその婚約者を愛しているなら、遠くから見守ることにするからと、告げた。
彼女は婚約者を愛してはいなかった。
今まで、誰かに手料理をご馳走しようと考えたこともない、私がはじめてだと、言った。彼女は愛しているのは私だと言った。夢で、私の子供を連れて、日本からシンガポールに帰る光景を見たと言ってそれが忘れられないとつぶやいた。
私は・・・・。待つことにした。彼女の気持ちが本物なら、きっと婚約者とそのうち別れるだろうと。
私の気持ちも本物だったから。

それから、何度も上海に行った、中国人ツアーに参加して北京に言ったり、私の親友の孤高のギタリストが来た時も一緒に、南京と上海で遊んだりした。蘇州の旅行も楽しかった。

彼女が南京で過ごす時間は3年・・・・私にはさらに1年半の時間が残っていた。
彼女が言った「半年間、留学を延ばす。一緒にいたいから。」
それからの半年は、長く、とても短かった。
結局婚約者とは解消しないまま、彼女は、帰国の日を迎えた。

上海行きのバスが出るホテルまで見送りに行った。

5分くらい抱き締めた。

バスの窓から、日本語で「ずっと忘れないで・・・・」と言った、あの涙まみれの口を私は、忘れられない。

そして私は・・・・、南京で一人、泣いた。

また悲しくなってきたので、後ほど。


くだらないことをブログに書いてしまって今は後悔している。
飲みすぎたな。
まあこいつ馬鹿だなあ、「ばーか」って流してください。その方が助かります。
読みたい人は、流し読みでお願いします。

Jamieとは南京で出会った。
私にとって最初紹介された時は、全部で9人居るシンガポールからの留学生の一人にしかすぎず、168cmある彼女に対して、シンガポールの子って、背が高いんだな、中国系なんだなという印象を持った程度だった。

私に対して彼女達が持った印象は、スケベ、PlayBoyである。
まあそれは仕方ない。当時の私は、南京で韓国人の小娘と、日本人の小娘と、中国人の小娘に囲まれ、おそらく人生で一番モテてた時代だった。
特に韓国人の女の子達からの人気は圧倒的で、まあ顔のせいだが、昼、夜の食事は、必ず異なる韓国人の女の子が何人か付いてくるような状態だった。とっかえひっかえだと思われてもしょうがない。
一緒にいる男の友達も、マカオの色男だったため、もう大変だったな。

私は、自分から告白していくタイプだったから、追いかけられたりすることに、不慣れで、よくわからなかった。

当時、金髪だった私は、南京の生活で、目が悪くなり、眼鏡を着用することがあったのだが、ある日、普段、勉強する時以外は外している眼鏡をつけたまま、寮の対面にある、小売部に煙草を買いに行った時、Jamieがたまたま見かけたらしい。
彼女の脳内で何がどうなったのか知らないが、眼鏡かけた私が、すごく真面目で頭が良さそうに見えたとか・・・・。

ルームメートのマカオの色男から、シンガポール人の女の子との飲み会の打診があったのは、その一ヵ月後。

結構遅い時間だったけど、暇だったので、のこのこ出かけた。
マカオの色男が、そのマカオの友達が女の子に振られたので、慰めてやりたいと言う話だった。

3対3の合コンの始まりだったが、なぜか私は、Jamieと隣の席に座った。
しかし、待って欲しい、彼女達はそれなりに出来上がってるし・・・。

合コンっぽい感じになったのは、中国に来て一年で初めてだった。
とりあえずコロナビールを飲みながら、彼女達と取り留めない話をしていたら、色男も、その他もJamieを残して、踊りに行ってしまった。

私は、この時初めてJamieをちゃんと見た感じだった。
結構可愛いね。すらっとしてスタイルもいいし。いやいい女だなと思った。
そろそろ結構飲んで、酔って来ていた。Jamieとの会話が弾んだ。
彼女はいるかと聞かれたので、特定の女の子と付き合ってはいなかった時期なので、いないと言い、私も、彼女に彼氏はいるのかと聞いたら、当ててみろと言うので、指輪が見えたので、指輪をそこにしてるからいるんじゃないと言うと、外して、これ自分で買ったといい、はっきりと回答しなかった。まあ行け行けの私は、元々相手に彼氏が居たら、奪い取ればいいだけと思っていた人間なので、さして気にしなかった。
ちなみに奪い取られた奴が悪いとすら思ってます。

「私のこと好き?」とJamieが聞くので、「あなたが私のことを好きなら、私もあなたのことが好きだ」と若干支離滅裂なことを言ったのがヒットして、付き合うことになった。

でもめんどくさがりの私は、付き合った後も特に電話もせずに、学校のバスとかでは隣に座ったりしてたが、それ以外ではまあ二人きりで行動することもなく素っ気なかった。

業を煮やしたJamieは、ディスコに行こうと誘ってきた。

ディスコは実は嫌いだった。高校の時によく行って退廃的な生活を送っていた反動で、避けていた。
でもJamieの誘いだからと、乱世佳人と言う、留学生が多く集まる、ディスコにいった。
Jamieはすさまじい格好をしており、多少ビビッたが、まあ南京辺りでデートって行ってもこんなもんだろうと、ディスコでビールを飲んでいた。ちょっと踊ってくると、踊りに行ったJamieが5分も立たずに顔を真っ赤にして、戻ってきて、帰ろうと言い始めた。
何があったのかよくわからなかったので、何か変なことされたのかと聞いたが、無言で私の手を引き、外に出て、タクシーに乗った。

タクシーで泣き始め、私は、理解不能だったが、なんとか慰め、彼女の部屋に行った。
彼女は、すごい格好から着替えてきて、着てた服をゴミ箱に投げ捨て、「Damn it」と言うので問い質した。
真相は、踊りに言ったら、中国人の女の子が全く同じ格好していたこと。
中国人と同じ服だったのがショックだと泣き始めて、何とか慰めた。
そんなJamieがとても可愛かった。かなり変わった性格だったので、琴線に触れたんだろうな。

眠くなったので続きはまた後で。 
<どうすればいいかよくわからない件>

仕事が順調な一方、プライベートはボロボロの黒羊です。
まあ全てがうまく行くわけはなく、
何かが得られれば、何かを失い、何かを失って、何かを得られる、
それはきっと人生なんだろうと思う。

今この大地に足を置いてこの瞬間を生きていることだけでも、
きっと奇跡なんだろうな。

でも人の心は弱く、欲望をコントロールするのは難しい。
荀子は、人間の性は悪と断じているが、まさにその通りなのだろう。
だからこそ学問をして、欲望に負けず、己を律することをすべきなんだろう。

さららさんのところで、「めでたいことはないですか」との質問で、「ない」と書き込んだところ、

黒羊さんと私ではきっと、幸福と不幸、めでたいとめでたくないの、基準が違うんですよね~。
あれだけ毎日、遊びまくってたら、それ以上、めでたいとか楽しいとか、思うこと少ないでしょうね。
うらやましい・・・。

と言われてしまったが、心に突き刺さった。
ただ誤解がないように言っておくと、毎日は遊べません、やはり仕事が忙しいので。その代わり、この年で、一回遊ぶ時のそれは、物凄く激しい。平気で徹夜してしまう。朝7時に帰っても、朝8時半に起きてしまうのは、ご愛嬌ですが。
それに遊ぶことがめでたいことなのかと言うと、この年で遊んでいるのは、どう考えても、頭の悪いことだと思う。辛うじて、仕事に対し常に真摯に向き合うことが出来ているので、それが唯一のストッパーになっている。
多分経済的に余裕がある現状で、支えるべき人が、愛するべき人がいないことは、私の心にできた大きな隙間になってしまっている。
その隙間は、刹那的な快楽を、容易に受け入れてしまう。

昔は、こんなに弱くなかったのだが・・・・。

何人かの友人が、何人かの女性を、私を哀れんで紹介してくれるんだが、何だろう・・・・あの人がちらついて・・・・結局興味を失ってしまう。
それだけJamieと過ごした日々は強烈に私の脳裏に焼きついて離れない。
Jamieが、私が寛容さを失い、仕事を言い訳にシンガポールに行って強引に連れ帰るくらいの激しい行動を取らなかったために、私に捨てられた形になり、もちろん私のことだけが原因ではなく、元々体がそんなに強いわけでなく、精神的にも強いわけでもなく、仕事のストレスなども(これはJamieが南京からシンガポールに戻ってからずっとあったことなんだけど)重なって、ここ一年入退院を繰り返す生活を送っていることを間接的とは言え知った今、激しく後悔した。

後悔した・・・・でも、覆水盆に帰らず・・・・。
今は、彼女が、幸せであることを祈りたい、と逃げる・・・・。
かつて、何人かの女性と恋愛をしたし、主に傷つけて終わることが多かったわけだが、別れて傷付いたのは初めてだ。人を傷つけることは平気でやっておいて、自分には耐性がないというところが笑ってしまうのだが。

Jamieは、私が生まれて、巡り合った異性の中で、一生を共に過ごしたいと思った、初めての人だった。
今でも、瞳を閉じると、私の部屋で、泣き、笑いしている彼女の姿が脳裏に浮かぶ。

ここまで書くと涙が止まらなくなってきたので、続きは後で。
初営業がかなりハードルの高かった黒羊です。

父親のコネですが、うちのような零細では、普通は会えないような、
一流企業の重役さん、しかも実行部隊のトップの人。

ボスと二人でガクガク・ブルブル・・・。
通常なら、吹けば飛ぶような存在の我々の相手なんかしてもらえるはずもなく、いやいい勉強になりました。

普段スーツは着ないので、今日も涼しくてよかったよ。

その後はボスの家で反省会、食事、そして帰宅。
いやすごく疲れた・・・・。
自社ビルかあ・・・・、すごいいいよ。
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