主張すべきことは主張する、いつでも毅然とそして礼節を忘れない国へ

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さて、先にとくらblogで愛人主義なる、珍妙な考え方に突っ込みをいれてみたが、その中で華氏451度さんにたしなめられかな?ととくらさんがコメントしてたので早速そのページに行ってみた。
ざっと読んだ印象では、最近見てきた中ではまじめに左翼であろうと言う人の気がしました。
ただ愛国心の愛のたとえに男女の愛を引っ張り出してるのはどうか?

たとえば国を愛するということ。神国・日本を守りたいと思うのも、憲法を改定して天皇を元首とすべきだと思うのも(と、石原都知事が言っている。でっちあげではなく、彼が著書の中で明言していることだ)、「国を愛している」からだろう。アメリカのパシリになりたい、東京裁判は間違っていると思う、他国からとやかく言われたくない、……すべて「国を愛している」ゆえであろうことを、私は疑ってはいない。ときどき「左翼は愛国心がない!」と叫ぶ人がいるが、左翼も(その多くの人は)国を愛しているのである。愛しているからこそ「これではいけない」と思うわけだ。


この辺りについて大枠ではまあいい。私も愛国心はある前提で右翼と左翼は存在してると思っているので大枠には同意。アメリカのパシリになりたいとかは、蛇足。そんな右翼はいない。

そう……私は6歳で死別した父親が好きで、目を吊り上げて必死で私を育ててくれた母が好きで、春・夏・冬には長期で私を預かってとことん甘やかしてくれた祖母が好きだった。好きだからこそ、自分が安心して戻って行け、誇りを持ってひとに紹介できる存在であって欲しいと思ったのだ。国とか郷土とか言うものも、おそらくはそれと同じである。 
〈国を愛する心を育てるよりも、愛せる国をつくるのが先〉


ここから勘違いが入っている。国を単なるシステムと捉えている。国を愛する心を育てるのは確かに憲法で縛られるようなものではないし、ましてや愛せる国なんて作れるわけじゃないです。
国というシステムが、愛せと言うわけがないじゃないですか。それは国というものを政治システムとしか見ていないから、作るとか言う話になるのでは?

たとえば親。子供を博打のカタに遊郭に売ったり、性的虐待をしたり、子供ができないことを無理強いしたり(本人の資質や能力とかけ離れた要求をすることのほか、反社会的な行為を強いることも含む)……自分を苦しめる親を、愛せるはずがない。時には殺意を覚えることもあるだろう。だがしかしどんな親でも――子供は愛したいと思うのだ。その、ほとんど「本能的」と言ってもいい「親を愛したい気持ち」を逆手に取る人間を、私は憎む。
 愛されたいならば、多くの人間は「相手に愛される存在になりたい」と思い、さらに「愛する対象のために自分は何ができるのか」と考える。のっけから「自分を愛せ」と高飛車に言うのは、それは順序が逆だろう。
 愛せ、愛せとお題目のようにとなえずとも、愛するに値する存在ならば愛される。けったいな奴に拉致されて「てめぇ、オレを愛せっちゅうんだ」と迫られても(怖いから口先では愛しますと誓っても)愛せるわけがなかろう。
 繰り返して言う。愛は言葉ではない、「心の問題」である。私も好むと好まざるとにかかわらず日本に生まれ、日本語を母語とする人間だ(※4)。愛憎半ばするとはいえ、ある種の愛着がないはずはない。


この人のこころの葛藤が垣間見える文章です。システムとしての国を擬人化してしまってむちゃくちゃになってます。愛国心っていうからには心の問題に決まってます。法律で愛国心を強制する必要はなくないかと言うことには、私も同意します。本来は、そんな必要はないと思います。ところがデフォルトで愛国心を持たない人間が、教育によって増えたために、盛り込まざるを得ないようになった。それをしたのは、日教組などの左翼団体ですよね。

 日本語でものを考え、表現するしかない人間のひとりとして、この国が、この国の文化が、この国の言語が滅びて欲しくないという気持ちは多分にある。だが「とうちゃん、かあちゃん。やめてよお、違うよォ」と悲鳴を上げざるを得ない両親を持つよりは、親のない子に私はなりたい。
だが幸いにして「国」というものは、「親」や「家庭」よりも変えやすい。親とつながったヘソの緒は生物学的な現実だけれども、国とつながったヘソの緒は幻想だからである(ついでに言っておくと、私は幻想という言葉を悪い意味には使っていない。見果てぬ夢、と言ってもいい。見果てぬ夢を持たずして、人間は自分が人間であることを主張できるだろうか)。私のようなヘタレ庶民ですら「愛している」と言えるような国を、私は死ぬまで夢見続けたい。 


うーん・・・・・。その国がなければ、生物学的なへその緒も存在しないです。私は華氏451度さんをヘタレとは思わないが、庶民ではないと思います。感想としては、きっこやアッテンボローなどの人間以下の存在に比べたら、普通に左翼の人だと思いました。しかし、愛国心から逃れようとしてもがきすぎです。しかも

私は自分が「反日」「非国民」と言われても結構だと言ったが、「ではおまえは国を愛していないのか」と言われればふと戸惑う。

状態なので一歩間違うと、人ではない方向に行ってしまうのでは?
そしてそこから本題の愛人主義に入ります。
つづく
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